さて、誰もみてないと思うので、日記を始めます。
見つけた方も、お静かに。

自分自身、年齢も喰ってきました。
「超実録」とか書きましたが、もうちょっと、自分の本音を振り返っておきたいかと思います。

どこから始めればいいかなぁと思うけど、むしろ最近から遡りますかね。



さて、最近ですが、自分の仕事場から一人の人が退職しました。
自分が引き込んだ人なので、仕事場に対してはちょっと迷惑を掛けています。

うちの仕事場のフリーの条件は
・赤字にならない
・自分の給料分(月間支払い)を稼ぐ (ただし毎月でなく、トータルでOK)
・残った黒字分は自分で適当に割り当て (予算は自分次第)
というような、適当な判断です。

ライターさんへのお金も含め、担当者の自己意識ですべて調整です。
仕事のスケジュールも、刊行数も、すべてこの感じですかね。

例えば1冊「黒字」額がでかい本が確実に出せれば、あとはお休みでもいいんです。
逆に、トントンの本であれば、コンスタントに出すだけですか。

でも、基本は「本を出すこと」なんですよね。
「本を出す」ことが出来ない編集者は、編集者でないんですから。

そしてもう1つ。
私は「読者に寄り添っていない」そうです。

はい、私は確かに「あなたの好きな」読者には寄り添っていません。
でも、読者を選り好みする編集者にはなりたくないです。

どこかで自分が変わっていかなくては、編集者なんて出来ません。
もしくは「頑固」だけど「やわらかい」受け入れる人にならなくては。

私はずっと目指しているのは「子供に好かれる」本です。

大人の本でなく「子供がわかる(感じる)」内容の本を目指してます。
なので「クラシックミニ ファミマガ」を作った時に、
「子供が熱心に読んでる」というレビューをすごく嬉しく思いました。
そのあとで「ファミコン」を親と一緒に遊ぶという流れを嬉しいと思います。

私はきっと、子供のような大人向けと、今の子供向けの本を目指すでしょう。
でも「私の作る本」は、「私に寄り添う」ことはありません。
「私の作る本」は、まず「私を見直す」ということからスタートです。

編集者の基本は
「私が面白い」 
ということを
「本当に?」
という疑問から
「こうなら面白い!」
という形です。

自分が「シラフ」になってからが勝負なのです。

その中に「自分」をどれだけ入れ込むかも勝負です。

歳をとっても、まだまだ、勉強不足です。